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たくちゃんブログ[通称アヴァンギャルドな建築学生ブログ]
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勝ちの価値




先日、高校選手権の決勝戦が行われました。
素晴らしい試合でした。青春とはこういう清々しいものをいうのです。清々しい裏にある泥だらけの汗とくさりかけの涎の蓄積がこの清々しさを生むのです。

僕も高校時代にサッカーをし、高校選手権を目標に汗をかき、がんばっていた一人でありました。
僕の属する高校は、たびたび選手権にでていて、いわゆる県内では強豪学校であります。

そんなチームの指揮をとる監督はK氏とよばれる人物。
K氏は、勝つことで得られる価値というものにこだわっているといっています。
勝ちの価値。どんな形であろうと勝つことで得られるものが、今後高校を卒業してからの生活に役立つのかを、実体験として経験しているからであると考えられます。負けから、失敗からしか人間は学べないとか、人は成長できないといいますが、もしかしたら違う成長の仕方があるのかもしれません。
僕が高校1年のときの選手権で全国ベスト8をかけた試合。全国屈指の日本代表3人ようする東福岡と対戦したときなんかは、6バックにダブルボランチ、つまり8人で守り、キーパーもいれれば9人でまもり、攻めは2人という体勢までとりました。県内やいままでの戦いではそんなことはありえませんでした。
そんなこと、、、自分たちの本来の姿、力を隠してまでも、勝ちにこだわる監督の姿は逆にすごい。と感じたのです。

自分たちの力をだしきって、負けたならしょうがないとか、自分たちが満足すればいいなんてことだけではないカチがそこには存在しているのでしょう。

いわばその戦略はアメリカに対するゲリラ的発想でしょう。ゲリラが正規軍に勝つチャンスはそれ以外にないのです。勝ちにこだわる人はとことんこだわる。どんな方法でもやり、どんな恥をもかく。やり方次第では、結果はかなり変わってくるはず。



写真は中学時代のもの。このときはほんとにサッカーが好きだった。
# by komatsutakuro | 2012-01-12 01:03 | 日常 | Trackback | Comments(0)
やっすん

やっすんがこんなのをリツイートしていた。



痛いのは生きているから 転んだのは進もうとしたから 逃げたいのは戦っているから 悩んでいるのは変わりたいから 苦しいと思うのは楽しさを知っているから 幸せなのは頑張ったから あなたの人生に幸あれ。 (作者不明)


# by komatsutakuro | 2011-11-17 23:04 | 日常 | Trackback | Comments(1)
いい記事
“今の時代、プロセスが大事だといってそこがフォーカスされる機会が増えているけれど、それがものづくりの言い訳になってはならないと思う。モノを作るために、作り手がどれほど血のにじむような苦労を重ねたとしても、その血がアウトプットやクオリティとして扱われるようなら本末転倒である。むしろ流した血や涙をぬぐい、最終的に今ここにある、目に見える結果で判断されるべき。結局、そこにしか信頼というものは存在しないのではないか、ということだ。”



http://reikoyamamoto.blogzine.jp/ynot/2011/10/post_fb6a.html


共感しかない。どんな方法、状況でも結果だすそれがかっこいい。



# by komatsutakuro | 2011-10-03 22:41 | 日常 | Trackback | Comments(0)
「自分の感受性くらい」茨木のり子
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを

友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを

暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を

時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
# by komatsutakuro | 2011-09-27 00:26 | 日常 | Trackback | Comments(0)
ガンダム建築





説明をしない、しまいにはエゴをふりかざす。
もしくはミニマリズム症候群。


そんな気持ちをふきとばしてくれた建築。


やっぱりこうでなきゃだめだよな建築は。


やっぱり論理が必要。


論理いっても機能(昨日)主義的ないらないよ〜


なんてたまには建築の話。


早く一人前になりたい。


# by komatsutakuro | 2011-09-15 00:20 | 日常 | Trackback | Comments(1)
パン屋




彼女は断言した、「もう一度パン屋を襲うのよ」。


この夏、もう一度パン屋を襲う必要があるのかもしれない。








そういや9月にBEANSキャンプはするのかな〜定例化していきたいな、色々と。
# by komatsutakuro | 2011-08-14 07:06 | 日常 | Trackback | Comments(1)
なかまん





うんこもらしたやつもいれば、結婚したやつもいて、誕生日むかえたやつもいる。

彼女と過ごすのもいいけど、こっちもだいぶいいだろ。

結婚式にケツメイシの『仲間』を聞いたら、ぼろぼろ泣いてしまうようなそんな関係を保ちたい。もっと心の奥の濃い声がききたいんだ。そして俺らは10年後、笑うんだ。

楽しいときだけが友じゃない。楽しいときだけが友になってないか。なんか違うと思う。










# by komatsutakuro | 2011-08-09 00:48 | 日常 | Trackback | Comments(0)
本でました



トウコレの本でたらしいので、みなさん観てください〜



全く変わらない。泣けてしまうぐらい愛がある、熱がありねちっこい、人を感動させる建築を僕はつくりたい。


# by komatsutakuro | 2011-08-04 22:42 | 建築 | Trackback | Comments(0)
JIA EXHIBITION OF STUDENT WORKS FOR MASTER'S DEGREE



http://www.jia-kanto.org/shushiten/2011/date/06/index.html



JIAのやつに修士載りました。写真はkazにとってもらいました。


トウコレの本ももうでているらしいので観てみてください(てか買って)。


近況は、また今度書きます。


ちなみに楽しいです、毎日。


# by komatsutakuro | 2011-07-28 01:15 | 建築 | Trackback | Comments(0)
DA・KA・RA





いま、家の下の古本屋で買った大黒摩季著「ありがとうなんて絶対言わない」を読んでいる。←変な題名だろ?そそられるだろう?


そこで、転機についてこう書かれている。


「転機は、決して流れの中で自然にやってくるものではなくて、自分の意志で選択し、実行するものだと思う。それから、あるきっかけがあって、そのきっかけを自分自身で掴み取ることができるかどうか」


と。



極当たり前の文章であり、中身である。



だが、



その文章を心底理解し、実現できている人は少ない。(僕もその一人だ)



話はそれるが、巷で流行っているツイッターの話をしよう。
ツイッターは日頃、ふとしたときにふとしたことをふと気軽につぶやけるものである。それを仲間同士や気になる人のつぶやきを観る。
時に、そのなかに、一見当たり前の言葉や文章であるが、今まで少しは考えたことがある、または、自分の記憶の中に埋蔵されていた“実体のないもの”が言葉や文章として露出してくるときがある、140なんぼしか書けないにもかかわらず。


そのとき人はリツイートという名のボタンを押す。



大黒摩季の“転機”という言葉は、僕にとってまさにそれである。



というのも、僕には転機があった。(たぶん)


それは大学二年生のときである。毎週渋谷に八王子から遊びにいっていた時代である。







































この話は今度にしよう。疲れた。


要は、転機は自分で決めるものだ、ということ。

風はふくものであるが、ふかせることもできる。女も然り、だ。←きまった!


こんなときはこの曲↓


# by komatsutakuro | 2011-07-06 00:03 | 日常 | Trackback | Comments(0)
「アヴァンギャルドっていうのは、反逆ではないのだ」




いま、僕はヨウジヤマモトの「My Dear Bomb」を読んでいる。


そしてこのことについて書かなければならない。


なぜならそれは




“アヴァンギャルド”について書いていたから。


↓↓↓↓

「服を通して美意識を語り続け、10年が経ち、20年が経ち、ようやくモードが自分の言語になる。自分の言語になったモードを介して表現していると、人はわたしの仕事をそれぞれに理解し、ある人たちは、アヴァンギャルド、あるいは、確信犯的なアンチモードなどと評し始める。 今となっては、アヴァンギャルドも単なるモードの一分野に成り下がってしまったが、アヴァンギャルドとは、本来、「少し先を行く」ということで、離反したり、跳ね上がったりすることではない。現実の足場を無視して奇想天外なことを考えたり作ったりするのは簡単である。現実の中で、明日の答え、ときめきを、ちらっと覗かせるところに、アヴァンギャルドの感受性があるのだ。」


すばらしい対談↓

http://fashionjp.net/highfashiononline/feature/interview/yohjiyamamoto-mydearbomb03.html



勘違いしてはならない。


この本をつくるために注いだ彼の精力に対して、翻訳すべきではない。だからなにもいわない。笑←逃げだ


とりあえず、そう思ってしまう本、ヨウジヤマモトの「My Dear Bomb」。



コレはものつくりをしている人、一生していく人であれば、一読するべき本である


と思う。




惚れたよ、めっちゃかっこいい男。
こういう男がもっともっと評価されるべきだとも思う。



もっと考え続けよう。


# by komatsutakuro | 2011-06-26 22:51 | アヴァンギャルド系 | Trackback | Comments(2)
とある電車の中







例えばの話だ。

電車の中で、可愛い人(そんなのは多い)いや、タイプの人とあったとする。
そうすれば、当然知り合いになりたいと考えるものだ。

もっといえば、いまはなき二人の接点を、必然的なストーリーととに線として導かれたいと願うものだ。



そして、いまこう思うのだ。

じつは僕は女の子を説得させるために建築を勉強していたのではないか、と。

建築とは、施主を相手に必然的なストーリーをもって説得させるものだといえる。

説得させるために、この敷地になりこの状況なりでこの建築がいかに合理的で世界に貢献できるかを、論理的に語る。


それを恋愛と同じく考えてみよう。


あら、ある論文を成り立たせるための多くの仮定、それは君との馴れ初め、君との星座適応性、君との血液型適応性、、、なども用いて相手を納得させる。





違う、





ただ一言いえばもんだいないのだ。


恋愛は論理よりも感性なのだ。


そんな中でも、ふと電車の中で、可愛いタイプの女の子の前で、いかに必然的な出会い方を考えるのであった。



恋愛は論理よりも感性なのだ。




そう思っても、だめなのである。



世界は動くものではなく、動かすものだ!




とむっくんに最近いったのであった。


とりあえず、むっくん、誕生日おめでとう!


# by komatsutakuro | 2011-06-24 01:10 | 日常 | Trackback | Comments(0)
倉庫の続き





詳細図の一部を披露。


倉庫、日々ブラッシュアップ中です。


来年には実家の現場にとのむらとあわむらを送り込みます(予定)。←ちょっといい焼き肉喰わせりゃどうにかなるっしょ。笑



SWOK先生の言葉を思い出す。



“人生急いで進むしかない。”




# by komatsutakuro | 2011-06-23 01:37 | 日常 | Trackback | Comments(0)
きもちいいこと





『SEXより気持ちいい瞬間をどこかで持つ事が出来るかどうかで男の価値が決まる』ー村上龍


最高の言葉だ。ご存知のように男には性欲がある。
主に性欲が男の邪魔をする。性欲とやらは中学・高校生をピークに、そこでいわゆる思春期とよばれる。

が、しかいまたしてもご存知のように男の性欲は歳とともに落ちる。
そこで性欲を失ったときに男は、、、


もうすぐ僕も25歳。

セックスも恋愛も重要だけど、残りの人生もっともっと気持ちよくなりたくないか?

『セックス?そんなもんとっくに飽きたぜ。』



いいたいー笑


# by komatsutakuro | 2011-06-22 01:27 | 日常 | Trackback | Comments(0)
ホワイトキューブ?



むっくんとデザインフェスタかな?で展示しまーす!


題材はホワイトキューブ?です。

新たな空間の記述方法です。


詳細は追って連絡します。
# by komatsutakuro | 2011-06-20 00:44 | 日常 | Trackback | Comments(2)
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